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金沢市の湯涌温泉の歴史です。

金沢湯涌温泉あたらしや新屋の大正時代や昭和初期からの湯涌温泉に関する歴史を画像で紹介します。

湯涌温泉あたらしや新屋の大正時代、2世代前旧々館の様子です。

中央から右側の建物があたらしや、
左下の総湯へは湯の川を渡り廊下で結び、
お客様が雨に濡れない様に配慮しました。
当時から時代の最先端を常に導入する社風で
先々代館主は初めて湯涌温泉で写真機(カメラ)
を購入、貴重な当時の湯涌温泉街の
様子を写真に記録し後生に残しました。

星空の降りそそぐ宿 金沢湯涌温泉 新屋あたらしや大正時代の旧々館についてです。

金沢への観光客増大に対応する為に
新館を建築しました。
当時では珍しい積雪荷重を考慮した堅牢な
木造建築で戦後、進駐軍が宿泊した際に
1階から3階まで、通し柱が檜の一本柱で
貫くその構造にアメリカ人設計士が驚愕
していたほどです。

大正時代の新屋あたらしや旧々館の間取り

左上:松風の間、左下:小督(こごう)の間
右上:羽衣の間、右下:胡蝶の間
お部屋の名称は新館にも受け継がれています。

金沢の温泉あたらしや新屋の昭和初期当時の旧館です。

戦前、昭和初期頃の
金沢湯涌温泉あたらしや旧館。
旧屋号の「新し屋」看板が掲げられています。

昭和10年撮影の金沢湯涌温泉新屋あたらしや旧館と湯涌タクシーです。

まだ湯涌温泉街の道路は舗装されておらず、
雨が降ると泥濘や水溜まりで衣服が汚れました。
金沢駅へ向かう、湯涌タクシーの乗合自動車が駐まっています。

湯涌温泉あたらしや新屋の旧館前で撮影された昭和初期の着物姿の女性です。

昭和初期撮影。着物姿で着飾ったお客様です。
当時はまだ洋装が珍しく、女性は着物姿でいらっしゃるのが
普通でした。ガス灯が金沢湯涌温泉街を
淡い灯りで照らす風情ある街並みでした。

金沢の温泉旅館あたらしや新屋、旧館フロントの銘板です。

当時は電話が珍しく、
局番は「7番」一桁です。
今では常識の直通通話ではなく
湯涌郵便局内で交換手さんが
接続していました。

昭和初期の金沢駅の金沢大型貸切自動車(現在の北陸鉄道)湯涌温泉行きバス乗り場です。

金沢駅の金沢大型貸切自動車(株)(現:北陸鉄道)湯涌温泉行きバス乗り場。
藩政時代からから城下町金沢の観光温泉地と栄える
金沢湯涌温泉へは当時では珍しいバスが運行されていました。

昭和25年に撮影した木造3階建て金沢湯涌温泉の新屋あたらしや旧館です。

昭和25年夏撮影、旧館玄関付近。
重厚で趣ある木造3階建ての意匠は
多くのお客様から愛されました。

星空の降りそそぐ宿 金沢湯涌温泉 あたらしや先代館主とオースチンです。

昭和30年代、輸入車がとても高価で稀少
だった時代にお客様の安全を第一に先代
館主がイギリス製オースチンをお客様送迎
専用車に導入しました。写真は納車時に
安全祈願に白山比咩神社で撮影した
湯涌温泉新屋先代館主とオースチンです。

昭和30年代の湯涌温泉街口の様子を撮影した画像です。

湯涌温泉口で現館主(写真中央)。
直進すると金沢湯涌温泉街、
右の側道を登って行けば白雲楼ホテルです。

湯涌温泉あたらしや新屋の昭和30年代は東茶屋や西茶屋街から芸妓さんが来て賑わいました。

現館主の幼少時は毎日、東茶屋や西茶屋街から芸妓さんが来て
賑やかに太鼓や謡が夜遅くまで鳴り響き、眠れませんでした。
芸妓さんが乗り降りしやすい様に観音開きのハイヤーが送迎します。

星空の降りそそぐ宿 金沢湯涌温泉 あたらしや先代館主と大女将です。

昭和30年代撮影。先代館主と現在の大女将。

金沢の湯涌温泉あたらしや先代館主と現館主です。

先代館主と写る幼少期の現館主。
右から現館主、先代館主、弟。

湯涌温泉あたらしや先々代、告別式の様子です。

昭和39年撮影。
奥に「秀峰閣」さん、
その手前が「やました」さん。

金沢の温泉あたらしや新屋は昭和30年代にカラーのパンフレットを発行していました。

湯涌温泉あたらしや新屋のパンフレットです。

当時では珍しかったソファセット、シャンデリアは全て特注でした。
テーブルに埋め込んだ囲炉裏は洋と和の融合で既に先代館主が
ネオジャパネスク路線を歩み始めた証しです。
伝説の猩々さんの置物と奥に見える灯籠は現在の新館に現存しています。

金沢温泉あたらしや新屋の旅館タグです。

チェックイン前に観光へ出かけるお客様の荷物をお預かりする際にこのタグを
使用していました。この年代、タグは宿泊施設の特徴があり当時では凝った絵柄の
当館タグを記念に欲しいというお客様が多く好評でした。
またタグがお荷物から外れない様に一枚一枚、金属製のアイレットを嵌め込んでいました。
絵柄の中に見える戸室石は旧館取り壊し後も移設し現存しています。

昭和40年代の湯涌温泉の街並みと新屋あたらしや旧館です。

あたらしや旧館(画像右側)です。
金沢湯涌温泉街を貫く湯の川は
暗渠となり道路に姿を変えました。

昭和44年頃に撮影された新屋あたらしや旧館の画像です。

昭和44年頃の旧館。
左上に湯涌温泉街の道路を跨ぐ「あたらしや」大型看板が見えます。

昭和60年代の金沢湯涌温泉あたらしや新屋の旧館です。

昭和62年、晩年の旧館です。明治、大正、
昭和、平成と多くのお客様に愛されました。
旧館跡地一部を地元の湯涌と金沢市へ譲渡し
現在は湯涌温泉の総湯「白鷺の湯」へと
姿を変え多くの方々に愛されています。

昭和40年代撮影の大広間で寝具の手入れをする接待さんです。

昭和40年代、旧館2Fの大広間にて。
季節の変わり目に接待さんが総出で
寝具のお手入れをする風景です。

昭和50年代の金沢温泉あたらしや新屋のパンフレットです。

昭和50年代の金沢湯涌温泉あたらしや新屋の旧館様子がわかるパンフレットです。

昭和50年代のパンフレット。
1階の庇意匠が変わっています。
これはエアコンを導入しダクトや補機類が外部から見える事を嫌った
先代館主がそれらを目隠しする為に付けました。

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